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2011年11月 6日 (日)

父のスケッチ 1922年。

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江戸川乱歩の『少年探偵団』を読むことが大流行だった小学校時代、今から54年前ですが、杉並区久我山に住んでいた私は、文中にしばしば登場する「とある麻布のお屋敷で・・・」というフレーズが妙に頭から離れず、遠く離れた麻布という町はいつも怪人二重面相が出没する事件が起こっている町なのか・・・、などと空想ばかりが膨らんでいました。

さて、画家を目指すよう祖父に勧められ、明治学院から川端画学校に転校した14歳頃の父は、1922年当時住んでいた麻布飯倉片町界隈(現・麻布狸穴町)のスケッチを数点遺しましたが、この画学生なりたての拙い画面からも、江戸川乱歩の云う麻布の不気味な雰囲気が伝わってきます。切通しをコンクリートで固めた先には小高い山があり、景色が明るく広がっていますが此処が何処なのか想像力だけは広がります。

父が写生でよく歩いていたという外苑東通りは、飯倉片町から六本木交差点までが都内でも屈指の尾根道で、まだ高いビルもほとんどなかった時代は四方がよく見渡せたようですから、まったく裏づけはないのですが、直感的には住まいのすぐそばにある植木坂から望む六本木方面、さもなければ、鳥居坂から望む麻布十番方面では・・・、と思うのです。

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