1881年 銀座・朝野新聞社
自由民権運動が台頭し、ジャーナリズムの良心の旗頭として、明治中頃まで、都市のリベラリストに人気のあった、朝野(ちょうや)新聞社の1881年(明治11年)の威風堂々な姿です。実は、現在の銀座四丁目交差点・和光のある場所に明治9年から明治27年まで営業していたのが朝野新聞社でした。http://blog.hix05.com/blog/2008/10/post_792.html
錦絵からも、その繁栄振りがうかがえますし、瓦版に慣れ親しんだ大衆素地があったからこそ、平民目線のジャーナリズムは人気を博していったのでしょう。残念にも明治27年、突然、朝野新聞社は解散、その場を服部時計店が買い取ります。姿かたちは変りましたが、その後、連綿と今日の銀座交差点のランドマークとして存在感は格違いであります。
こうしてみると、現在の和光の正面入口も不思議な処にあると思いませんか。銀座名物としての、あの巨大なウィンドーを楽しむことは出来なかったでしょうが、家相的には明治30年代の服部時計店の正面入口がごくごく当たり前の位置ですよね・・・。曰くありげな予感がしてきましたよ・・・。
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