東山魁夷・欧州からの便り
1933年から1935年にかけて、東山魁夷はドイツに留学し、ただでさえ上野の優等生であったその才気に磨きがかかり、ドイツに留まることなく、イタリア・スイス・フランス・イギリス・ベルギーに出かけ、とくにフィレンツェの、ウフィツィ美術館で西洋美術のもつ圧倒的迫力に自らの画家としての資質に関して葛藤していますが、サンマルコ寺院の壁画に日本画にも通じる世界を見出し、自分のできることをやっていこうと決意したそうです。(参考文献:芸術新潮)
ちょうどその頃、家族・親戚にはこのような絵葉書を頻繁に出していて、さらりと万年筆で描かれたスケッチにも、東山魁夷の誠実な気持ちがよく表れています。
葉書や絵手紙は書きなれていませんと、凝縮した簡潔な文案がひらめきませんし、まして、スケッチはスピードが命ですから、なよなよした躊躇い線となってしまい、たった紙一枚の話ですが、生き生きしたメッセージにはなり得ないのです。
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