私の青春時代です。所謂、団塊の世代のサンプルのような 写真ばかりですがこれもひとつの良い思い出です。
この時代、フォークソングが高校生にも流行りました。
ブラザースフォーの曲が、主なレパートリーで一生懸命練習
しましたが、当日の会場は予期せないほどの大盛況となり、部屋も閉め切った
ために酸欠状態になりました。左の上原さんは現在、某テレビ局系音楽出版社の社長で、大学に行かれてから「フォーセインツ」を結成され、あの名曲「小さな日記」を歌いました。
高校一年の自転車合宿のスナップです。八ヶ岳をバックに八千穂村
近辺で撮影しました。夜空に天の川がパノラマで見えた時の感動は
今でも記憶にしっかりと残っています。
この合宿は、群馬県・渋川から吾妻街道を経由して長野原・菅平・
佐久・清里に至る大強行軍でした。
優雅な写真のように思われるでしょうが、この後天気が一転し、波も大きくなり
明るい海面が突然黒く盛り上がり始め、この四人で尽力して、やっとの思いで
油壺に戻りました。憔悴しきった四人は、その後、何も言葉を交わすことなく
寝静まったのでした。
石の湯ロッジのベランダから見える「花道」と呼ばれる斜面を
滑降しているところ。今では考えられないでしょうが2メートル近い
長さの板を優雅なフランス式スキーテクニックで滑るのが「良し」と
されていた頃です。
志賀高原に数あるゲレンデの中で極めてシブイ所ですが、
私の一番好きなゲレンデです。夕陽の落ちていく悲しさが
際立っていました。冬は勿論、夏も素晴らしいロケーションでした。
焼失する以前の石の湯ロッジの写真です。当時にしてみれば斬新なデザインでしたから、
洒落たスキーヤーが多く来ていました。辻まことさんの手による壁画も素晴らしかったのですが、火事で消えてしまいました。貴重なこの写真は石の湯ロッジ社長・内田昇次さんから送られて来ました。