sohske.cocolog-nifty.com > 私の青春時代

私の青春時代です。所謂、団塊の世代のサンプルのような 写真ばかりですがこれもひとつの良い思い出です。

1965・高校体育祭・200メートルリレー

1965・高校体育祭・200メートルリレー

この頃は自転車で高校まで通っていましたから脚力には自信がありましたが,
200メートルの距離を走るのは、かなりしんどかったことを覚えています。


1965・高校文化祭

1965・高校文化祭

この時代、フォークソングが高校生にも流行りました。
ブラザースフォーの曲が、主なレパートリーで一生懸命練習
しましたが、当日の会場は予期せないほどの大盛況となり、部屋も閉め切った
ために酸欠状態になりました。左の上原さんは現在、某テレビ局系音楽出版社の社長で、大学に行かれてから「フォーセインツ」を結成され、あの名曲「小さな日記」を歌いました。


1963・高校サイクリング合宿・八ヶ岳

1963・高校サイクリング合宿・八ヶ岳

高校一年の自転車合宿のスナップです。八ヶ岳をバックに八千穂村
近辺で撮影しました。夜空に天の川がパノラマで見えた時の感動は
今でも記憶にしっかりと残っています。
この合宿は、群馬県・渋川から吾妻街道を経由して長野原・菅平・
佐久・清里に至る大強行軍でした。


1963・高校サイクリング合宿・鳥居峠

1963・高校サイクリング合宿・鳥居峠


1965・狭山方面

1965・狭山方面


1965・所沢周辺

1965・所沢周辺

信じられないでしょうが、今の所沢西武球場のそばにある
将軍塚の近辺です。周りは茶畑でそれはのどかな場所でした。


1968・湘南・フラミンゴ号

1968・湘南・フラミンゴ号


1968・湘南・フラミンゴ号

1968・湘南・フラミンゴ号

優雅な写真のように思われるでしょうが、この後天気が一転し、波も大きくなり
明るい海面が突然黒く盛り上がり始め、この四人で尽力して、やっとの思いで
油壺に戻りました。憔悴しきった四人は、その後、何も言葉を交わすことなく
寝静まったのでした。


1967・コモ湖

1967・コモ湖


1967・バルセロナ

1967・バルセロナ


1974・石の湯ゲレンデ

1974・石の湯ゲレンデ


1974・石の湯ゲレンデ

1974・石の湯ゲレンデ


1974・石の湯ゲレンデ

1974・石の湯ゲレンデ

石の湯ゲレンデはさほど広いゲレンデではありませんが、
それでも頂上からの大斜面は30度近いものがあり、
初めてのときは身震いしたものです。


1974・石の湯ゲレンデ

1974・石の湯ゲレンデ

石の湯ロッジのベランダから見える「花道」と呼ばれる斜面を
滑降しているところ。今では考えられないでしょうが2メートル近い
長さの板を優雅なフランス式スキーテクニックで滑るのが「良し」と
されていた頃です。


1975・志賀高原・石の湯ロッジ

1975・志賀高原・石の湯ロッジ

志賀高原に数あるゲレンデの中で極めてシブイ所ですが、
私の一番好きなゲレンデです。夕陽の落ちていく悲しさが
際立っていました。冬は勿論、夏も素晴らしいロケーションでした。


1975・志賀高原・横手山

1975・志賀高原・横手山

春スキーの快適さを存分に楽しみました。
右にいらっしゃる前原さんは私のスキー
の大先輩です。


1964高校修学旅行・九州班

1964高校修学旅行・九州班

青春時代独特の希望と不安がよく表れています。


石の湯ロッジ・1962以前

石の湯ロッジ・1962以前

1962年頃火事で焼失する前の、当時としてはモダンで洒落れていた
石の湯ロッジの版画です。(石の湯ホテル・前原治さん蔵)


焼失以前の石の湯ロッジ

焼失以前の石の湯ロッジ

焼失する以前の石の湯ロッジの写真です。当時にしてみれば斬新なデザインでしたから、
洒落たスキーヤーが多く来ていました。辻まことさんの手による壁画も素晴らしかったのですが、火事で消えてしまいました。貴重なこの写真は石の湯ロッジ社長・内田昇次さんから送られて来ました。